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大阪高等裁判所 平成8年(ネ)3612号 判決 1997年6月26日

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の申立て

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人株式会社みちゆき商事に対し原判決添付物件目録記載一ないし一七の各不動産についての、控訴人北野壽子に対し同目録記載四ないし一七の各不動産についての、それぞれ、原判決添付根抵当権目録記載の根抵当権設定登記(ないし根抵当権変更登記)の各抹消登記手続をせよ。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  事案の概要

一  前提事実

1  被控訴人は、株式会社三田組(以下「三田組」という。)との間で、手形貸付、手形割引、証書貸付、当座貸越などを継続的に行うことを目的とする取引契約(以下「本件取引契約」という。)を締結した上で長年信用組合取引を行ってきたが、本件取引契約により生じる三田組の被控訴人に対する債務を担保するため、昭和五一年から同五三年にかけて、原判決添付物件目録記載一ないし一七の各不動産(以下「本件各不動産」という。)について、極度額を一億五〇〇〇万円(但し、当初五〇〇〇万円で、その後変更されて右額になったものもある。)とする根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)が設定され、本件各不動産に、原判決添付根抵当権目録記載の根抵当権設定登記(根抵当権変更の付記登記がされているものがあるが、以下、これを含めて「本件根抵当権設定登記」という。)が経由された(甲一ないし一七、乙三〇、弁論の全趣旨)。

2  被控訴人は、三田組に対し、本件取引契約に基づき、昭和五二年三月三一日、手形貸付の方法で、二億四三〇〇万円を、弁済期を同年四月三〇日と定めて利息付で貸し付け(以下「本件貸付金」という。)、後に、右弁済期を、昭和五三年一二月三一日まで猶予した。ところが、三田組は、昭和五二年九月二六日から昭和五三年一月七日までの間に、本件貸付金の一部について内入弁済をしたのみで、その後、何らの支払いもしなかったので、被控訴人は、本件根抵当権の実行として、本件貸付金(元本残金一億二八四三万六〇〇〇円)を被担保債権として、和歌山地方裁判所に本件各不動産の競売の申立てをし、同裁判所は、平成六年六月二三日、競売開始決定をし、本件各不動産について、同月二四日差押登記が経由された(甲一ないし一七、二四の1、2、乙一の1、2、二、一三、一七、二三、弁論の全趣旨)。

3  本件各不動産のうち、原判決添付物件目録記載四の不動産については昭和六一年四月一九日受付により、同目録記載五ないし七及び一七の各不動産については昭和五九年五月一〇日受付により、同目録記載八ないし一六の各不動産については昭和六二年九月一一日受付により、控訴人北野壽子を所有者とする所有権移転登記がそれぞれ経由されており、また、同目録記載一ないし三の各不動産については、極度額を二億五〇〇〇万円とする昭和五三年四月一日受付の根抵当権設定登記にかかる根抵当権が控訴人株式会社みちゆき商事に移転した旨の平成四年一二月一七日受付の根抵当権移転の付記登記が、同目録記載四及び八ないし一六の各不動産については、極度額を二億五〇〇〇万円とする昭和五三年一一月一〇日受付の根抵当権設定登記にかかる根抵当権が同控訴人に移転した旨の平成四年一二月一七日受付の根抵当権移転の付記登記がそれぞれ経由され、同目録記載五ないし七及び一七の各不動産については、三億七〇〇〇万円の貸金債権を被担保債権とし、同控訴人を抵当権者とする昭和五九年六月二三日受付の抵当権設定登記が、同目録記載八ないし一六の各不動産については、一〇億円の貸金債権を被担保債権とする昭和五七年六月二九日受付の抵当権設定登記にかかる抵当権が同控訴人に移転した旨の平成五年三月二日受付の抵当権移転の付記登記がそれぞれ経由されている(甲一ないし一七)。

二  当事者の主張

1  控訴人らの主張

本件貸付金は、その弁済期限である昭和五三年一二月三一日から五年を経過した昭和五八年一二月三一日の経過をもって時効消滅しているところ、本件根抵当権設定登記が付された本件各不動産について後順位担保権者である控訴人株式会社みちゆき商事及び本件各不動産のうち、原判決添付物件目録記載四ないし一七の各不動産について第三取得者である控訴人北野壽子は、それぞれ、右消滅時効を援用する。なお、控訴人株式会社みちゆき商事は後順位担保権者であるが、後順位担保権者も民法一四五条の「当事者」に当たるというべきである。

2  被控訴人の主張

(一) 三田組代表者の三田守彦は、平成元年五月二日、本件貸付金について債務の承認をして時効の利益を放棄し、また、三田組の実質的経営者である北野雅夫は、昭和六〇年一月二三日、本件貸付金について債務の承認をして時効の利益を放棄しているから、控訴人らは、本件貸付金について消滅時効の援用をすることはできない。

(二) 後順位担保権者である控訴人株式会社みちゆき商事には、本件貸付金についての消滅時効の援用権はない。

(三) 控訴人らによる本件貸付金についての消滅時効の援用は、以下のとおり権利濫用に当たる。

三田組の実質的経営者である北野雅夫は、北野組と称する暴力団の組長であるが、三田組の経営権限を掌握した昭和五二年一二月以降、被控訴人に対し、本件貸付金の弁済猶予を求め、昭和五三年一月七日に一億円の内入弁済をした上で、本件各不動産を任意処分して弁済する旨被控訴人に申し出ていた。そこで、被控訴人は、暴力団組長である北野雅夫との関係が悪くなるのを恐れて、本件貸付金のために設定された本件根抵当権実行の申立てを控えてきた。

ところが、右のとおり、北野雅夫は、本件貸付金について支払いをするような態度を装う一方で、暴力団の威力を背景に介入してきて、被控訴人が時効中断の法的手続をとるのを逡巡させながら、他方で、北野雅夫の関係者である控訴人らをして前記各登記を取得させて、時効の援用の挙に出たものであり、控訴人らが本件貸付金について消滅時効を援用することは、権利濫用に当たり許されない。

第三  当裁判所の判断

一  前記第二、一1、2の事実によれば、被控訴人による本件根抵当権の実行申立てにより、本件根抵当権について、本件貸付金が被担保債権として確定したことになる(民法三九八条ノ二〇第一項二号)。したがって、本件貸付金の消滅時効が完成し、右消滅時効が援用されると、本件貸付金を被担保債権とする本件根抵当権は、被担保債権の消滅により、その効力を失うことになるが、しかし他方、本件貸付金の消滅時効が完成したかどうかの点はともかくとして、控訴人らが、右消滅時効の援用をすることができなければ、控訴人らの本訴請求は理由がないことになるので、まず、控訴人らが右消滅時効の援用をすることができるかどうかについて検討する。

二  時効を援用することができる「当事者」(民法一四五条)とは、時効によって直接に権利を取得し、または義務を免れる者に限られるところ、控訴人株式会社みちゆき商事は、前記第二、一3のとおり、被控訴人のために設定された本件根抵当権に後れる抵当権(又は根抵当権)者にすぎないから、仮に右抵当権(又は根抵当権)が有効であるとしても、右「当事者」には該当せず、時効の援用をすることはできない。控訴人らは、後順位担保権者にも時効援用権がある旨主張するが、後順位担保権者にまで時効の援用を認めることは、後順位担保権者にその把握した以上の担保価値を与えることになって不合理であり、右の観点からも、後順位担保権者による時効の援用は否定されるものである。

三  控訴人北野壽子は、前記第二、一3のとおり、原判決添付物件目録記載四ないし一七の各不動産について、本件根抵当権設定登記後、自己名義の所有権移転登記を経由している者であるが、本件において、右各登記名義に、所有権移転の実体が伴っていることを認めるに足りる証拠はない。かえって、甲二九及び弁論の全趣旨によれば、右各登記名義は、控訴人北野壽子の夫である北野雅夫が同控訴人に無断で作出したもので、所有権移転の実体のないものであることが認められるところである。そうとすると、控訴人北野壽子は、右各不動産についての第三取得者ということはできないので、本件貸付金にかかる消滅時効を援用することはできない。

この点につき、同控訴人は、右登記名義人である北野壽子とは、実質上は、前所有者から有効に右各不動産の所有権を譲り受けた北野雅夫であるから、右各所有権移転登記はいずれも実体を伴うものであると主張するが、仮に同人が有効に所有権を譲り受けたとしても、その旨、同人名義で所有権移転登記を経由しない限り、右各不動産についての対抗力を有する第三取得者といえないことが明らかであるから、同控訴人の右主張はそれ自体失当というべきである。

四  以上の次第であるから、控訴人らの被控訴人に対する本訴請求は、控訴人らによる消滅時効の援用が権利濫用に当たるかどうかを問うまでもなく、いずれも理由がないものであり、これを棄却した原判決は相当である。したがって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(第一審判決物件目録)

一、伊都郡かつらぎ町大字丁ノ町字上木原一三七番

宅地 一七八・五一平方メートル

二、右同所一三八番三

宅地 五九・五〇平方メートル

三、伊都郡かつらぎ町大字丁ノ町一三七番地

家屋番号 二八四番

木造瓦葺二階建居宅

床面積 一階 七二・七二平方メートル

二階 四二・一四平方メートル

附属建物の表示

符号1木造瓦葺平家建居宅

床面積 一六・五二平方メートル

2木造瓦葺平家建炊事場

床面積 二七・二七平方メートル

3木造瓦葺平家建居宅

床面積 二〇・六六平方メートル

4木造瓦葺平家建物置

床面積 三六・三六平方メートル

5木造瓦葺平家建物置

床面積 三四・七一平方メートル

6木造瓦葺平家建物置

床面積 四・九五平方メートル

以上 所有者 三田守彦

四、伊都郡かつらぎ町大字丁ノ町字市原下二二三〇番四

宅地 四四四・九六平方メートル

五、右同所二二三〇番九

宅地 九九・五六平方メートル

六、右同所二二三一番二

宅地 三二・四一平方メートル

七、右同所二二三一番一七

宅地 三・〇八平方メートル

八、右同所二二三二番三

宅地 六六・一一平方メートル

九、右同所二二三三番三

宅地 二四一・三二平方メートル

一〇、右同所二二三三番九

宅地 一二三・九六平方メートル

一一、右同所二二三三番一〇

宅地 一六一・九八平方メートル

一二、右同所二二三四番四

宅地 一九八・三四平方メートル

一三、右同所二二三四番七

宅地 六一八・一八平方メートル

一四、右同所二二三五番三

宅地 一二八・九二平方メートル

一五、右同所二二三三番地九

家屋番号 二二三三番九の一

鉄筋コンクリート造二階建店舗兼事務所

床面積 一階 一〇八・二六平方メートル

二階 一〇八・二六平方メートル

一六、右同所二二三三番地九、二二三三番地一〇

家屋番号 二二三三番九の二

木造瓦葺平家建倉庫

床面積 一三二・二三平方メートル

附属建物の表示

符号1木造瓦葺平家建倉庫

床面積 一三二・二三平方メートル

2木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建車庫

床面積 二二・三一平方メートル

一七、伊都郡かつらぎ町大字丁ノ町二二三〇番地の四

家屋番号 二八三番

木造瓦葺平家建作業場

床面積 一九八・三四平方メートル

附属建物の表示

符号1木造瓦葺二階建事務所

床面積 一階 二六・四四平方メートル

二階 二六・四四平方メートル

以上 所有者 北野壽子

(第一審判決根抵当権目録)

一、登記

和歌山地方法務局妙寺支局

1.主登記 昭和五一年二月二一日受付第一四七四号

附記登記 昭和五二年八月四日受付第六五五七号

2.昭和五一年二月二一日受付第一四七四号

昭和五二年八月四日受付第六五五八号

昭和五三年一月二五日受付第五二三号

昭和五三年一一月七日受付第八九六八号

二、極度額

一億五〇〇〇万円

三、債権の範囲

信用取引、手形債権、小切手債権

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